月夜見 “しるばあうぃいくを前に”
         〜大川の向こう

 
例年だと、
暦の上ではもう秋なのにやっぱりまだまだ暑いねぇなんて、
残暑という名のもとに依然としてお元気なお日様を見上げ、
困ったような顔をして口にしている頃合いなのに。
今年はまだ八月だったうちから急に涼しい風が吹き始め、
朝晩どころか昼間ひなかでも上着がほしいようなお日和になった。
九月と言えばの台風もやって来て、たくさん雨も降り落ちたが、
ここいらは何とか大川があふれるということもなく。
中洲の小さな里の人々は、
例年になく駆け足でやってきた秋の気配を
まだちょっと疑いつつも(苦笑) 何とか堪能中というところかと。

 「ぞろ〜〜〜〜っ!」

子供たちの夏休みも終わり、
中学生以上のお兄さんやお姉さんたちは
会社勤めの大人たちと同じく、艀に乗って大町までを通学する日々が始まり、
小学生の最高学年、六年生たちも
同じように川向うへの通学が始まっている。
とはいえ、まだまだ残暑も厳しかろうという配慮から、
授業は低学年と同じく午前中までであり。
川べりの桟橋に着いた艀から降り立つ
まだ夏服の白いシャツたちばかりな顔ぶれの中、
いがぐり頭の、やや仏頂面した男の子が降り立つと。
それへ向けての威勢のいいお声が、
陸側から おーいと掛けられるのもいつものこと。
伸びのある、だがだが
まだ子供というのもありありとした朗らかなお声掛けには、
呼ばれた本人以上に周囲の大人の皆様が
ついのこととて、くすくすという微笑ましいお顔を揃って見せており。

 「相変わらずだねぇ、ルフィちゃん。」
 「ホント。ゾロお兄ちゃんが大好きなんだねぇ。」

高学年を規模の大きな大町へ通わせているけれど、
だからと言って里の小学校が“分校扱い”なワケではなく。
それほど少子化が進んでもいない関係から、
子供も次々生まれてにぎやかなままの環境下。
そんな中での現在の一番人気という坊やが、
まだまだ駆け回ると汗ばむか、
ヒーローが胸元へプリントされたTシャツに半ズボンといういでたちの、
こちらのルフィちゃんだったりし。
ガキ大将…というよりも、
屈託がなくて朗らかなところが大人の皆様にはウケが良く、
腕白をしでかしてもしょうがないねぇと苦笑で済まされてしまう、
いわば“無邪気な人気者”というところ。
そんな坊やが、実の兄上以上に大好きで、何かといやぁくっついて回っているのが、
艀から掛けられた短いタラップ板を渡って降りてきた、
いがぐり頭の剣道少年。
いつもニコニコ天真爛漫を絵にかいたようなルフィと違い、
特に不機嫌そうというのでもないが、
のべつ幕なしに笑顔を振りまくでもなし、
どちらかといや感情表現が下手くそな不器用さんで。
とはいえ、小さな坊やのくっつき虫を鬱陶しがるでなし、
なかなかに面倒見のいいところが
まだまだ小さいのに偉いもんだねぇと称賛されてもいるそうで。
そんなお兄ちゃんのご帰還へ、早く早くとじりじり待ってた小さな坊や。
それはそれはわくわくと、
いまにもフライングで昇降口へ飛び込んできそうなほどの高ぶりようだったので、

 “…これはきっと。”

何か じゅーだい発表なり大発見なりがあるに違いないなと、
寡黙なお兄ちゃんにはすぐにもピンと来たけれど。

 “でもなあ…。”

興奮と冒険がいっぱいだった夏休みが終わったばかりだ。
ロロノアさんちの粉ひき小屋の陰の、
葦も枯れて乾いてた窪地が思いがけなくもザリガニの宝庫だったこととか、
花火大会のラストを飾った大玉花火を打ち上げるスイッチを
福引の特賞取ったご褒美で 特別に押させてもらえたこととか。
朝顔だといわれて世話をしていたつる草が、
何か変だなと思ううち、重たげな実を幾つもつけて。
それを見てやっとスイカだったと判ったびっくりを、
仕掛けたエースやシャンクスが大笑いしていたのがいまだに内緒なこととか。
(…相変わらずです、お父様&お兄様)

 “あれを超えるよな何かなんて、そうそう予定にあったかなぁ。”

お彼岸に親戚が集まるのに合わせて、何か企画でも持ち上がったとか、
いやいや、ルフィんちは廻船業なので、
盆暮れならともかく、連休程度は関係なく忙しいんじゃなかったか。
何だろな何だろなと、ほてほて歩きつつも彼なりの推察を巡らせていた小さなお兄ちゃんへ、
やっと飛びついていいところまで出て来たの、待ってましたと飛びかかり、

 「なあなあゾロ知ってたか?
  らいしゅうのけーろーの日とお彼岸と、
  全部合わせて五日もお休みなんだぞ?」

 「…?」

この歳ですでに三白眼になりそな目許をしているお兄ちゃま、
その根性が座ってそうな双眸を見開くと、そのままその場で立ち止まってしまったが。
腕と脚とを使ってしがみついてるおちびさんだということは 大して負担にもなってなく。
強いて言えば、あまりに意外な文言を浴びせられ、一瞬思考停止してしまっただけのこと。

 「ゾロは知ってたか?
  俺は今日カレンダー見て気がついたんだ。
  赤いのが4つも並んでて、その前のどよーも休みだからさ、
  数えたら五日も休みなんだって。」

マキノにも訊いて何べんも数えたから間違いねぇぞと、
まるで ゾロに“心配すんな”と言いたげな声音になっているのが、
この際は可愛いったらありゃしない。

 どうしようかな、
 けーろーの日は子供会の、ほら、
 おはぎや赤飯詰めて配るオシモトがあっから
 あんまり一日中は遊べねぇけどさ。
 それを除けても4日もあんぞ?
 目が回りそうになったもんな、今朝は、と

ルフィにとっては思いがけない大連休なのだろう。
そうまで嬉しいったらないというの、
大好きなゾロへ一番に報告しに来たに違いなく。

 「…そっか、そんなにお休みなんか。」

困ったなぁ、急に言われても予定立てるの間に合うかなぁと。
ぶっきらぼうな口調で、それでも精いっぱい
“困った困った”とお返事をする小さなお兄さんだったのへ、

 「だいじょうぶだぞ、おれも一緒に考えるからよ。」

早く気がついてよかったよなと、
胸を撫で下ろしたような溜息までついた坊やだったのへ、
聞くとはなし聞こえてしまった周囲の大人たちの方がある意味 大変で。
微笑ましいじゃないか、見逃してやんなという辺り、
ちゃんと心得のあるお母さまたちはともかく、
まだまだ子供な中坊や高校生辺りが
要らぬ横やりやちょっかい出しそうなものならば、

 『黙っててやらないと、
  それこそこのおばちゃんが黙ってないからね。』

メッと凄みのあるひと睨みつきで叱られかねぬ。
大体、ルフィちゃんのお父さんやお兄さんも、
これに関しては笑い飛ばしてない模様で、
だからこそ、
こんな開けたところで無邪気なお茶目のご披露と相なったのだろうし。

 だって、あんまりな侮蔑を浴びせかけようものならば

 「レイリーさんから夜通し武勇伝とか聞かされるっていう、
  ちょっとした百物語よりおっかない
  “お仕置き”を受けにゃあならなくなるからねえ。」

しかもしかも、自身にやんちゃした青い思い出でもあろうものならば、
当人以上に微に入り細に入り、事情をようようご存知な老師様から。

 『まさかに、自分がこうだったのに
  今の若いのへ偉そうな説教もないだろう?』

そういう格好での遠まわしのお説教を今頃されねばならなかったりもするそうなので、
そんな過保護は却って本人のためにならないんじゃないんですか?
ほほぉ。この儂へ意見するか、若造と、
副社長格、若頭のベン・ベックマン氏が返り討ちにあったのを限に、
誰もこの現状に抗おうとはしなくなってる恐ろしさ。

 とはいえ、
 当の老師様はと言えば、

 『ところで、その連休の間、宿題とかは出ないのかな?』
 『…あ。』

一応はというささやかな釘を、刺してやってるつもりであるようだ。
うんうん、平和よね。





  〜Fine〜  15.09.13.



 *五連休かうらやましいなぁと思った、
  特殊な業務持ちのおばさんです。
  お彼岸と敬老の日が合体したわけで、
  遊びに行くのもいいけれど、
  おじいちゃんおばあちゃん孝行しなよ、みんな。

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